2011年6月23日木曜日

日テレ系 DASH村も被災地

引用ここから


福島県浪江町 原発事故で避難区域指定

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昨年8月に記者が同行取材した際のDASH村。3月11日も、地震発生まではこんな風景が展開されていた


 DASH村も被災地だった——。日本テレビ系「ザ!鉄腕!DASH!!」(日曜後7・00)の企画で、TOKIOのメンバーが11年以上にわたり農作業を行ってきたDASH村。(片山一弘)

 福島第一原発事故で計画的避難区域に指定されたことから、番組では、伏せてきた所在地が福島県浪江町であることを明かした。スタッフや、避難生活を続ける出演者は、復興への決意を誓っている。

 3月11日。その日、DASH村では、TOKIOの城島茂と山口達也が訪れて、収録が行われていた。

 「母屋の囲炉裏端で昼飯を食べてたら、ぐらぐらっときて、たまげたな」

 スタート時からTOKIOのメンバーに農作業を指導してきた地元住民の三瓶明雄さん(81)は地震発生時の様子をこう話す。幸い、古民家を改装した建物に被害はなく、スタッフや関係者も無事だった。

 ところが、福島第一原発の事故で、状況は一変する。三瓶さんら地元の人々は、身寄りを頼って各地に避難し、散り散りになった。

 「羊やヤギなど村の動物たちも群馬県の牧場などに避難させました。DASH村の畑は、イノシシに荒らされているでしょうね」

 島田総一郎プロデューサーが残念そうに話す。

 当面の対処を済ませ、今後を考え始めた時、誰よりも早く前を向いたのは明雄さんだった。「今年は田植えができねえけど、いろんなところで農業の技術を勉強して、戻った時に少しでも生かせればいい」

 島田さんは「原発がどうの、なんて愚痴は一切口にしない。これが、あの人たちの本当の姿なのかと改めて思いました」と感嘆する。

 DASH村がある集落は、戦後まもなく明雄さんたちが開拓した土地だ。一抱えもある大木の林を切り開き、畑を耕してきた。番組でTOKIOに手仕事を教えた地元の人々は、皆そうやって戦後を生き抜いてきた。

 「テレビに映る場所だけがDASH村ではないんです。ロケの昼食の炊き出しなど、いろんな形で番組を支えてくれた、あの一帯がDASH村。だから、避難した仲間たちがあきらめずに前を向き、みんなで畑仕事をして、昼飯に豚汁を食べた、あの生活を取り戻していく姿を伝えるのが、バラエティー番組の役割なのかなと思う」(島田さん)

 番組では現在、明雄さんとTOKIOのメンバーが愛知県の守口大根、新潟県の米など優れた農産地を訪ねて研修を積んでいる。

 島田さんは話す。

 「TOKIOのメンバーも、『畑から放射線を除去するにはどうするのがいいんだろう』などと、村に戻ってからのことを話しています。『(村に戻れる日がくるまで)番組終わんないように、頑張らないとね』とも。『終わっちゃったね』と言う人もいるけれど、僕らには再建したいという気持ちしかありません」
(2011年6月22日 読売新聞)


引用ここまで

原文は、読売新聞ニュースサイトの中の
「日テレ系 DASH村も被災地」
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/tv/tnews/20110622-OYT8T00723.htm
です。
アクセスが急増したり万一記事削除されて読めなくなったときのため、ここにコピペ保存しています。

ひなげし陽気』の中の「原発事故補償のお財布」の参考記事にさせていただきました。