ラベル DUSH村 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル DUSH村 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年8月27日土曜日

山口達也、涙…DASH村にヒマワリ植えた

引用ここから


山口達也、涙…DASH村にヒマワリ植えた


(1/2ページ)
2011.8.26 05:04


 TOKIOの山口達也(39)が25日、日本テレビ系「ザ!鉄腕!DASH!!」(日曜後7・0)のロケ地で福島第1原発事故により計画的避難区域となっている福島県浪江町の「DASH村」に、東日本大震災後初めて入ったことを明らかにした。7月中旬に防護服姿で、放射性物質に汚染された土壌の浄化実験を敢行。都内での会見で「もうDASH村には入れないと思っていた」と涙ながらに語った。
【続きを読む】


(2/2ページ)
2011.8.26 05:04

「村が荒れ放題になっていたのは寂しかった」。3月11日以来、約4カ月ぶりに“第2の故郷”に足を踏み入れた山口がポツリと漏らした。

 大震災による原発事故の影響で、原発から約25キロ離れたDASH村は計画的避難区域となった。今回立ち入りが実現したのは、6月にJAXA(宇宙航空研究開発機構)から番組側にあった依頼がきっかけだった。

 それは「DASH村で放射性物質のデータ採集と実験をしたい」というもの。宇宙での食糧自給自足をテーマに研究しているチームだが、特に「ヒマワリが土壌の放射性セシウムを吸収する」との説の実証実験を行いたいとの意向だった。

 この提案に山口が動いた。城島茂(40)と同村でロケ中に震災に遭遇し、翌日に10時間以上かけて帰京した経緯もあり、「その後の村がどうなっているのか見たい」との思いが募っていた。「まず現状を責任を持って伝えたかった」。山口の強い意向で、実験の実施が決まった。

 浪江町の許可を得て7月16日、山口とJAXA関係者、放射線専門家ら数人でDASH村に入村。2000年から番組内の目玉企画として農作業や動物の飼育などを続けてきた愛着ある土地に、「久しぶりに入れてうれしかった」という半面、「こんなに草ボーボーになっちゃうのか」と衝撃も受けたという。

 安全に配慮して防護服に防塵マスクを着用し、2時間限定の屋外作業でヒマワリの種を植えた。8月22日に再度入り、育ったヒマワリや周辺土壌などを採取した。

 現在解析中のデータ次第で今後の活動が決まるが、「ヒマワリを足がかりにDASH村を取り戻したいし、地元の人々の手助けにもなればいい」。DASH村と被災地復興への熱い思いを胸に、山口の挑戦は続く。

(紙面から)


引用ここまで

原文は、サンケイスポーツ ニュースサイトの中の
【山口達也、涙…DASH村にヒマワリ植えた】
http://www.sanspo.com/geino/news/110826/gng1108260505001-n1.htm
http://www.sanspo.com/geino/news/110826/gng1108260505001-n2.htm
です。
アクセスが急増したり万一記事削除されて読めなくなったときのため、ここにコピペ保存しています。

ひなげし陽気』の中の
原発事故補償のお財布
放射能除去生物
の参考記事にさせていただきました。

2011年6月23日木曜日

日テレ系 DASH村も被災地

引用ここから


福島県浪江町 原発事故で避難区域指定

写真
昨年8月に記者が同行取材した際のDASH村。3月11日も、地震発生まではこんな風景が展開されていた


 DASH村も被災地だった——。日本テレビ系「ザ!鉄腕!DASH!!」(日曜後7・00)の企画で、TOKIOのメンバーが11年以上にわたり農作業を行ってきたDASH村。(片山一弘)

 福島第一原発事故で計画的避難区域に指定されたことから、番組では、伏せてきた所在地が福島県浪江町であることを明かした。スタッフや、避難生活を続ける出演者は、復興への決意を誓っている。

 3月11日。その日、DASH村では、TOKIOの城島茂と山口達也が訪れて、収録が行われていた。

 「母屋の囲炉裏端で昼飯を食べてたら、ぐらぐらっときて、たまげたな」

 スタート時からTOKIOのメンバーに農作業を指導してきた地元住民の三瓶明雄さん(81)は地震発生時の様子をこう話す。幸い、古民家を改装した建物に被害はなく、スタッフや関係者も無事だった。

 ところが、福島第一原発の事故で、状況は一変する。三瓶さんら地元の人々は、身寄りを頼って各地に避難し、散り散りになった。

 「羊やヤギなど村の動物たちも群馬県の牧場などに避難させました。DASH村の畑は、イノシシに荒らされているでしょうね」

 島田総一郎プロデューサーが残念そうに話す。

 当面の対処を済ませ、今後を考え始めた時、誰よりも早く前を向いたのは明雄さんだった。「今年は田植えができねえけど、いろんなところで農業の技術を勉強して、戻った時に少しでも生かせればいい」

 島田さんは「原発がどうの、なんて愚痴は一切口にしない。これが、あの人たちの本当の姿なのかと改めて思いました」と感嘆する。

 DASH村がある集落は、戦後まもなく明雄さんたちが開拓した土地だ。一抱えもある大木の林を切り開き、畑を耕してきた。番組でTOKIOに手仕事を教えた地元の人々は、皆そうやって戦後を生き抜いてきた。

 「テレビに映る場所だけがDASH村ではないんです。ロケの昼食の炊き出しなど、いろんな形で番組を支えてくれた、あの一帯がDASH村。だから、避難した仲間たちがあきらめずに前を向き、みんなで畑仕事をして、昼飯に豚汁を食べた、あの生活を取り戻していく姿を伝えるのが、バラエティー番組の役割なのかなと思う」(島田さん)

 番組では現在、明雄さんとTOKIOのメンバーが愛知県の守口大根、新潟県の米など優れた農産地を訪ねて研修を積んでいる。

 島田さんは話す。

 「TOKIOのメンバーも、『畑から放射線を除去するにはどうするのがいいんだろう』などと、村に戻ってからのことを話しています。『(村に戻れる日がくるまで)番組終わんないように、頑張らないとね』とも。『終わっちゃったね』と言う人もいるけれど、僕らには再建したいという気持ちしかありません」
(2011年6月22日 読売新聞)


引用ここまで

原文は、読売新聞ニュースサイトの中の
「日テレ系 DASH村も被災地」
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/tv/tnews/20110622-OYT8T00723.htm
です。
アクセスが急増したり万一記事削除されて読めなくなったときのため、ここにコピペ保存しています。

ひなげし陽気』の中の「原発事故補償のお財布」の参考記事にさせていただきました。

2011年6月20日月曜日

ダッシュ村のあった福島県双葉郡浪江町は反原発運動の地




画像の出典元は、『新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0』の中の
2011.04.04【反原発農民の存在に「敬服」】
http://plaza.rakuten.co.jp/hint2003/diary/201104040000/
です。
アクセスが急増したり万一記事削除されて読めなくなったときのため、ここにコピー保存しています。


関連記事
読売新聞サイト「日テレ系 ダッシュ村も被災地」より


ひなげし陽気』の中の「原発事故補償のお財布」などの参考記事にさせていただきました。