2012年5月7日月曜日

【国内原発 全基停止に思う】 (上・中・下)

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【国内原発 全基停止に思う】(上)
2012年05月04日
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渡辺登・新潟大教授(政治社会学)


 北海道電力泊原発3号機が5日に定期検査のために運転を停止し、国内の原発すべてが止まる。「全基停止」にあたって、東京電力柏崎刈羽原発を抱える新潟県でも様々な思いが交錯する。原発再稼働の是非に関心が高まる今、まずは「原発と民意」をめぐる動きを追い、考えてみる。

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 柏崎刈羽原発の稼働を巡る県民投票の実現をめざす市民団体「みんなで決める会」がこの春、発足した。福島第一原発の事故で原発への関心が高まったのを背景に「主権者として、大事な問題は自分たちで決めよう」と訴える。県民投票条例の制定を県に直接請求するための署名集めを7月に始める予定で、署名を集める受任者を募っている。

 関川村、新潟市、上越市などの有志が中心になって立ち上げた。市民グループ「みんなで決めよう『原発』国民投票」事務局長でジャーナリストの今井一さんが2月に県内を講演して回った後、参加者が「県民投票をやりたい」と声を上げたのがきっかけだった。

 メンバーは3月と4月に今井さんを招いて新潟市内で勉強会を開き、条例案を起草しながら30人前後の会合を重ねている。

 直接請求は地方自治法で定められた手続きで、有権者の50分の1の署名を集めることが条件だ。請求を受けた自治体の首長は、議会に審議をさせる。県選挙管理委員会によると、県内の有権者は3月2日現在で195万9234人。約4万人の署名が必要だ。

 署名活動をできるのは2カ月間で、どれだけ多くの受任者が活動するかがかぎを握る。今井さんのグループは各地で原発住民投票の実現をめざし、大阪市では条例制定の直接請求をしたが、3月に市議会で否決された。東京都への直接請求に必要な署名集めも達成している。

 「みんなで決める会」は13日午後1時から長岡市のアオーレ長岡で集会を開く。連絡は近美千代さん(090・5818・4050)へ。(吉武祐)

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【安全性への関心 県内はまだ希薄】

 旧巻町(新潟市西蒲区)で1990年代半ばにあった原発建設の住民投票を研究した新潟大の渡辺登教授(政治社会学)に福島の事故後の住民の動きを聞いた。

——「全基停止」をどう受け止めますか。

 電力の基盤とされてきた原発がすべて止まる前代未聞の出来事です。それでも私たちの生活は変わらない。原発が本当に必要なのか、考え直す時期に来ているのではないでしょうか。

 ——福島の事故以降、印象に残った市民の動きはありましたか。

 作家の大江健三郎さんらの呼びかけで、昨年9月に東京都で約6万人が集まった脱原発集会がありました。新宿区で約1万人がデモ行進をしたり、全国で原発反対の署名が集められたりしています。いずれも、今までこうした運動をしてこなかった若い人や主婦が参加しました。

 ——県内ではどうでしょう。

 原発に関心を持つ人がまだまだ少ないと感じます。弁護団が呼びかけて柏崎刈羽原発の運転差し止め訴訟を起こしたり、県民投票を目指すグループができたりしましたが、これまで原発に反対してきた人たちが中心になっています。

 震災がれきの受け入れ問題で声を上げたり、学校給食の放射性物質検査に関心を持ったりする人はいますが、なかなか「新潟には世界最大の原発があり、その安全性も考えねばならない」と結びつかない。

 ——旧巻町の東北電力巻原発建設計画をめぐる動きとの違いは何ですか。

 酒造会社や木材卸業などその地域に根を張る自営業の人が中心になって、一人ひとりが「原発に頼ったときに町はどうなるのだろう」と将来を真剣に考え、どうしたらみんなが投票してくれるかを考えました。反対、推進の運動をしたことがない人たちが動き、実現した住民投票だったので、住民の「意思」がはっきり伝わりました。

 ——県内で原発の再稼働問題にどう向き合えばいいのでしょう。

 食べ物の放射能汚染や夏の節電など、原発に関係する身近なことを考えてみたらいいと思います。新潟には福島県から避難している人がたくさんいるので、話を伺う機会があれば、耳を傾けるのもいいと思います。原発と自分の生活がどれだけ密接に関わっているのかを知る。そこから始めてはどうでしょうか。(聞き手・富田洸平)


【国内原発 全基停止に思う】(中)
2012年05月05日
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反原発活動続ける農家・金子貞男さん


 福島第一原発事故を受け、県が原子力防災計画の見直しを進めている。大きな変更点は、柏崎刈羽原発から半径10キロとしていた防災対策の重点区域を、県内全域まで広げることだ。福島の事故の影響の大きさに、「原発は柏崎市と刈羽村の問題」という認識は消え、県や各市町村にも「当事者」としての危機感が強まっている。

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 柏崎刈羽原発で大事故が起きたら、重点区域内でどう濃淡をつけるか。県が先月まとめた暫定案は、原発から5キロ圏はすぐに避難する「即時避難区域」、5〜30キロ圏は放射線量が一定レベルになったら避難する「避難準備区域」とした。ここまでは政府の原子力安全委員会が3月にまとめた指針の改定案と同じだ。

 事故の規模などに応じて屋内避難や安定ヨウ素剤を服用する「屋内退避計画地域」の範囲について、原子力安全委は明確にしていないが、県は30〜50キロ圏とした。ヨウ素剤備蓄計画をつくり、放射線量に応じて対策をとる「放射線量監視地域」は県内全域に。山田治之・県防災局次長は「福島の事故を前提としたらこれでも大丈夫か、という意識もある」と話す。

 県内の各自治体の意識も一変した。長岡市の森民夫市長が代表幹事となって、新潟、上越両市と昨年9月に立ち上げた「原子力安全研究会」には、現在全30市町村が参加する。住民への避難指示を巡り、県の案を修正させたこともある。

 県の計画は、改定される政府の指針や、それに沿ってまとめられる政府の防災計画に基づかねばならないが、震災は待ってくれない。泉田裕彦知事は「やれる範囲で進めていく。国もついてくるでしょう」と語り、政府が指針をまとめる際、立地地域の意見を反映するよう働きかけていく方針だ。(勝見壮史)

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【被曝防げぬなら原発撤退方針を】

 柏崎刈羽原発から約30キロの長岡市寺泊で長年、反原発活動をしてきたコメ農家の金子貞男さん(56)に、原子力防災の見直しについて聞いた。

 ——3月に「原子力防災を考える長岡市民の会」を立ち上げましたね。

 現行の県の地域防災計画は重大事故の現実味を想定しておらず、備えとして甘い。怖いのは地震なのに、2010年度の防災訓練では大雪と原子力災害の複合災害を想定するなど、いい加減でした。

 反プルサーマル運動のグループらで、長岡市に10年以上にわたり、独自の原子力防災計画をつくるよう申し入れてきましたが、ひとごとのような態度でした。「3・11」後、市町村レベルで研究する動きが出てきましたが、「市民にとって防災とは何か」を腰を据えて考えたいと思い、会をつくったのです。

 ——国や自治体の取り組みの何が問題ですか。

 福島第一原発の事故で、半径250キロ圏でも放射性セシウムによる空間放射線量が年間1ミリシーベルトを超すレベルになっている地域もあります。政府は防災指針を見直していますが、「健康に確定的影響がない範囲に被曝(ひ・ばく)を抑えよう」という立場は変えていません。市民を完全に被曝から守ろうとしているわけではないのです。

 ——では、あるべき原子力防災計画の姿は。

 市民を完全に守れない以上、原発から撤退する方針を明らかにするべきだと思います。県はまず、原発にどう向き合うのか、基本方針をはっきりさせてほしい。そのうえで、具体的な備えを決めるのが筋です。

 ——福島の事故の教訓を生かすには。

 重大事故が起きたら、半径30キロ圏内は即時避難させる。防災計画に国の緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)の利用を明確に規定し、自主避難で二重生活を強いられた人の権利をどう保障するのかも盛り込むべきです。福島の事故を経験した今、そこまでの現実味が必要だと考えます。

 ——県独自の経験も生かしたいですね。

 柏崎刈羽原発ではかつて、冷却水を循環させる再循環系の配管に多数のひび割れが見つかりました。福島第一のような冷却機能が失われるリスクを経験しているわけです。そのリスクを具体的に防災計画に反映するべきなのです。(聞き手・吉武祐)


【国内原発 全基停止に思う】(下)
2012年05月06日
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妻子が避難 郡山の会社員・菅野正志さん


 東京電力福島第一原発事故から14カ月が経とうとしているが、今も新潟県内には福島県から避難してきた人が6521人(4月27日現在)いる。その半数にあたる3155人が、避難や避難準備を求められた地域以外から来た。自宅周辺の放射線量が高くなり、子どもへの影響を考えて「自主避難」した母子が目立ち、物心両面での負担に苦しんでいる。

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 県の調査では、新潟への避難者数は昨年6月以降、6千〜7千人台で推移している。ただ、避難元は変化していて、昨夏ごろから、警戒区域や計画的避難区域にはあたらない地域からの「自主避難者」が増えてきたという。4月27日現在、両区域ではない郡山市から1331人、福島市から674人が県内に避難しており、県には週に約10件、借り上げ仮設住宅に入りたいという申し込みがある。

 自主避難者の多くが、夫が福島に残って仕事を続け、母子だけで避難している人たち。避難の諸費用や、福島と新潟の「二重生活」の負担は重いが、東電が示す自主避難者への賠償金は「妊婦・18歳以下の子どもが60万円、それ以外は8万円」だけだ。いつ安心して自宅に戻れるのかの見通しも持てない。

 多くの自主避難者が集う新潟市東区の交流施設「ふりっぷはうす」はフリーペーパー「FLIP」を発行し、4月末には第4号も刊行した。原稿を書いた避難者には原稿料を払い、生活の足しにしてもらう。

 「FLIP」を発案、編集し、自身も福島市から避難してきた「ふくしま新潟県内避難者の会」の代表村上岳志さん(36)は「今も自主避難する人がいることや、避難生活の実態はあまり知られていない。国や自治体は避難者の声に耳を傾けてほしい」と願っている。(水野梓)

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【増えた実費分 東電、払ってほしい】

 原発事故による放射性物質が子どもに与える影響を恐れて、妻(36)と長女(8)、次女(2)を郡山市から新潟市に自主避難させ、自らは郡山に残った会社員菅野正志さん(37)に思いを聞いた。

 ——避難を決意したのはどうしてですか。

 震災直後は原発が危ないと思って、3週間だけ長岡市に避難しました。長女の学校が始まる4月にいったん郡山に戻りましたが、インターネットなどで調べたら、郡山も線量が高いと分かった。自宅周辺を測ったら、モニタリングポストの値よりずっと高かったんです。

 国は安全と言うけれど、そんなのもう信用できません。低線量被曝(ひばく)で健康にどんな影響が出るかは分からない。郡山ではほとんど外出させず、とにかく早く遠くに行かせたかった。去年の8月に妻と子どもを新潟に避難させました。

 ——新潟と郡山の「二重生活」を送っておられるのですね。

 残業して家に帰っても、子どもの寝顔を見るだけで元気になれたのが、週末しか会えなくなったのはつらいですね。次女は2歳。次の週に会ったら全然違う言葉を覚えてるんですよ。

 食費や光熱費はかさみます。事故前は、妻の実家で育てた野菜を食べていたのに、買うようになった。4月からは、東北地方の高速道路無料化の対象者が絞られて、高速代の負担も増えました。一番安く行ける経路や割引でも、ガソリン代と合わせて月に2万5千円はかかります。仕事が終わってからだと時間が合うバスがなくて、自分で運転するしかないんですよ。

 ——東京電力にはどんな思いがありますか。

 これだけの思いをさせられて、(東電の支払いが)大人1人8万円だなんて、足りるわけがありません。せめてこの避難生活で増えた実費分だけでも払ってほしいと思います。

 これまで原発に興味を持ってこなかった自分たちも悪かったな、とも考えるようになりました。こんな思いを子どもにも、他の人にもさせたくない。だからこそ、二度と国や東電にだまされないように、原発や放射性物質について勉強するようになりました。

 今まで通り、原発を動かしていれば、いつかまた同じようなことが起こると思います。全国の人には、ひとごとではなく、自分のこととして考えてほしいです。(聞き手・水野梓)


引用ここまで

原文は、朝日新聞 ニュースサイトの中の
【国内原発 全基停止に思う】(上)
 http://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000001205070010
【国内原発 全基停止に思う】(中)
 http://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000001205070015
【国内原発 全基停止に思う】(下)
 http://mytown.asahi.com/niigata/news.php?k_id=16000001205070020
です。
アクセスが急増したり万一記事削除されて読めなくなったときのため、ここにコピペ保存しています。

ひなげし陽気』の中の「早く電力自由化を
の参考記事にさせていただきました。