2011年11月6日日曜日

西岡参院議長死去

引用ここから


【政治】

西岡参院議長死去
2011年11月5日 夕刊

 参院議長の西岡武夫(にしおか・たけお)氏が五日午前二時二十四分、肺炎のため、都内の虎の門病院で死去した。七十五歳だった。長崎市出身で、衆院十一期、参院二期を務めた。自宅は長崎市館内町五の一六。葬儀・告別式は七日午後一時から長崎市茂里町三の三一、法倫会館で。喪主は妻永子(ひさこ)さん。 

 参院事務局によると、参院議長が在職中に死亡したのは、一九四九年の松平恒雄氏以来二人目。国会法では、議長に欠員が生じた場合ただちに議長選挙を実施することになっており、西岡氏の出身政党の民主党は早急に人選を進める。

 西岡氏は、先の臨時国会最終日の九月三十日、参院本会議場で転倒しそうになり、口の中にできた帯状疱疹(ほうしん)の痛みで睡眠不足が続いていると説明。今国会は冒頭から本会議を欠席し、会期前半は尾辻秀久副議長が議事進行を務めることになっていた。

 西岡氏は一九六三年衆院選で初当選し、自民党に入党。七六年、田中角栄元首相が逮捕されたロッキード事件を機に離党して新自由クラブを結成、幹事長に就いた。八○年に自民党に復党後、竹下改造、宇野両内閣で文相を務めた。

 九三年、自民党が野党転落後、再び離党。以後、小沢一郎氏と行動を共にしながら、新進党、自由党、民主党に所属した。

 九八年に長崎県知事選に出馬し、落選したが、二○○一年参院選比例代表で当選。菅政権時代の一○年、参院議長に就任し、「一票の格差」是正に向けた選挙制度改革などに意欲をみせていた。

 西岡氏の死去に伴い、〇七年参院選に民主党比例代表で落選した秦知子氏が繰り上げ当選する。

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引用ここまで

原文は、東京新聞 ニュースサイトの
【西岡参院議長死去】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2011110502000183.html
です。
アクセスが急増したり万一記事削除されて読めなくなったときのため、ここにコピペ保存しています。

ひなげし陽気』の中の「孫さんと菅首相
の参考記事にさせていただきました。