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西岡参院議長死去:震災復旧めぐり菅首相に退陣要求も
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参院本会議で議長に選出され、議長席に着く西岡武夫参院議員=国会内で2010年7月30日、藤井太郎撮影
参院議長の西岡武夫(にしおか・たけお)氏が5日午前2時24分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。75歳。葬儀は7日午後1時、長崎市茂里町3の31の法倫会館。自宅は同市館内町5の16。喪主は妻永子(ひさこ)さん。参院事務局によると、在職中の参院議長の死去は、1949年の松平恒雄氏以来となる。
西岡氏は昨年7月、参院議長に就任。民主党出身ながら菅政権下では、東日本大震災後の復旧・復興への対応をめぐり政権批判を繰り返し「お辞めになったらいい」などと菅直人首相の退陣を求めた。今年7月には衆院に内閣不信任決議案、参院に首相問責決議案を提出するよう呼びかける論文を発表。「内閣不信任案は1国会に2回出せる」との見解も表明するなど、議長として異例の発言が論議を呼んだ。
一方、参院の「1票の格差」の是正に向けた選挙制度改革では、早期の取りまとめに意欲を示していた。
ただ、10月20日召集の今国会は、口内にできた帯状疱疹(たいじょうほうしん)による体調不良を理由に、開会式から欠席していた。
西岡氏は衆院11期、参院2期を務めた。早稲田大を卒業後、長崎新聞の論説委員などを経て63年の衆院選旧長崎1区で初当選。76年にロッキード事件を批判して自民党を離党、新自由クラブの結成に参加し、幹事長に就任した。80年に自民党に復党後、竹下、宇野内閣で文相を務めたほか、党税調会長や総務会長などを歴任した。
政治改革をめぐり93年に再び自民党を離党し、94年の新進党結成に参加。98年の自由党結党には副党首として参加するなど、小沢一郎民主党元代表と行動をともにしてきた。98年、長崎県知事選に出馬したが落選。01年参院選の比例代表で当選した。03年の民主、自由両党の合併に伴い、民主党入りした。【須藤孝】
毎日新聞 2011年11月5日 11時38分(最終更新 11月5日 13時45分)
* <写真で見る>在りし日の西岡参院議長
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引用ここまで
原文は、毎日新聞 ニュースサイトの
【西岡参院議長死去:震災復旧めぐり菅首相に退陣要求も】
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111105k0000e010041000c.html?toprank=onehour
です。
アクセスが急増したり万一記事削除されて読めなくなったときのため、ここにコピペ保存しています。
『ひなげし陽気』の中の「孫さんと菅首相」
の参考記事にさせていただきました。