栃木
被災地からの手紙:東日本大震災 生活支援で「待つ」余裕を /栃木
「悲しいけど、もう帰る場所じゃないんだよ」。絞り出した声は、すすり泣きに変わった。
福島第1原発から約9キロ、立ち入り禁止とされた警戒区域内に自宅がある福島県浪江町藤橋の女性(53)だ。原発事故が収束できず、除染に相当な時間がかかるくらいならいっそ「早く町を捨てる決断をして」と訴える。震災からもうすぐ8カ月の福島で取材している。原発周辺の住民には、彼女のようにすでに覚悟を決めた人が、思ったより多かった。驚いた。
彼女は一度、一時帰宅で自宅に戻ったことがある。牛に踏み荒らされ庭は糞(ふん)だらけ。倒れた家具をかきわけアルバムや子どもの思い出の品を取り出したが全部置いてきた。放射性物質検査でひっかかると思ったからだ。「行けば行くだけ、もう住めないって分かるよ」
除染がどこまで有効か、町では現在、可能性を検討している。懇談会で彼女の訴えを聞いた馬場有(たもつ)町長は「世界の英知を結集させる。科学技術の力を信じましょう」と応じ「待ってほしい」と言った。しかし彼女は「そんな時間はない」と焦りを募らせている。
故郷を思っても、十分な賠償金が得られたわけでもなく、生活費も必要だ。今は福島市の民間借り上げ式の仮設住宅に住む。避難生活で夫が体調を崩し、自分が働かなければならないが「行き先が決まらないと仕事が探せない」。いっそ、除染などせず費用を生活再建の支援に充てて--。生活の不安を抱え、真剣にそう訴える人は若い世代を中心に他にも多く、すでに県外で生活基盤を築く人も増えている。
もちろん「帰りたい」と願い除染に望みを託す人たちも多いが、若い世代の流出が進めば、いずれにしても町は住める場所ではなくなってしまう。
津波や原発事故で町が丸ごとなくなるという危機を目の当たりにして、足がすくむ思いがしている。私も含めて人は忘れっぽいから、このまま放射線量が下がっていったら、この町の危機など忘れてしまうかもしれない。彼女のような苦渋の決断も忘れられてしまうかもしれない。せめて充実した生活支援策があれば「待つ」余裕のある人が増えるのに。
原発避難者への生活支援は、単に個人を助けるだけでなく町や国の存続にかかわる問題だ。誰にとっても決して他人事ではないことだと思う。【泉谷由梨子】
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毎日新聞 2011年10月31日 地方版
引用ここまで
原文は、毎日新聞 ニュースサイトの中の
【被災地からの手紙:東日本大震災 生活支援で「待つ」余裕を /栃木】
http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20111031ddlk09070082000c.html
です。
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『ひなげし陽気』の中の